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鳴呼 川の流れのように~♪
(美空ひばりの唄)
しんもと産婦人科 進 本 正 浩
父は3月で87才となり、米寿を迎えます。少し父の話を。
父は大正15年、犀川村(現みやこ町犀川)木井馬場で生まれ、城井尋常小学校から旧制豊津中学(現育徳館高校)へ。毎日一里半歩いての通学が、後の「行軍」に随分役にたったようです。その後陸軍士官学校、航空士官学校へ。航空隊に所属し、百式司令部偵察機が愛機でした。父は58期ですが、57期(特に優秀だったとの事)はほとんどの方が「特攻」で散っていかれました。卒業年に終戦なり、8月15日は父にとっても長い一日だったようです。



帰郷した後に医師を志し、小倉医専(後に九大に統合)から京大、東大と転入し、医学を学んでいます。そういえば安田講堂事件の時は珍しく憤っていました。戦後の食料事情の厳しさはその後も続き、インターンは国立小倉病院(現小倉医療センター)を選択、木造の長屋のような官舎の写真が残っています。昭和29年九大産婦人科に入局、最初の出張は国立大村病院(現長崎医療センター)でした。昨年孫の一人が薬剤師として実習に通い、二人で話が弾んでいました。

昭和34年結婚。35年に長男、37年に長女誕生の後、37年11月1日進本産婦人科医院を開院いたしました。1960年代は自宅分娩が施設分娩に移行していく時代で、周産期死亡率の低下に最も貢献した世代といえます。
明治時代からの古い建物を覚えていますが、昭和44年に新病院となり、ますます忙しくなります。当時の写真の整理をしていますと、手術の応援をしてくださった蛭崎武徳先生、友尾道章先生(築上)、渡辺義雄先生の若々しい姿がありました。

昭和59年にちょうど30年おくれて、息子(私)が九大産婦人科に入局。平成5年に父が脳梗塞で入院し、親子継承となりました。その後も軽い脳梗塞と直腸癌を患いましたが、悔やむこともなく、マイペースで過ごしております。

昨年11月に開業50年となりました。これも京都医師会の諸先生方、また神仏の御加護のお蔭と感謝いたしております。この節目の年に、孫の一人が医学部入学、少しずつ次の世代に引き継がれていきます。産婦人科をとりまく環境はどんどん変化していきますが、昔の苦労や工夫を教えてもらうため、いつまでも元気でいてもらいたいものです。

なかなか外へは出て行きません。どうぞお遊びにいらして下さい。

(平成25年 みやこ医師会報)